東京都の豊洲新市場の移転問題を考える

56才の独身男です。
趣味は読書と園芸、性格は慎重で器用・・だと。自己評価ですが。
神奈川県の厚木市郊外に住んでいます。
郊外といえば、都会っぽい表現ですが、昔はどうしょうもない田舎でしたが、ここ何十年かで我が厚木もロードサイト店の出店が多く、駅近くはかなりの繁盛ぶりです。
私が住んでいるところは、そんな街並みを見下ろす山の上。かなり眺望はいいのがとりえ。
ここ最近、大問題になっている豊洲の新市場に関することを一考。

現在(2019年3月)、東京の築地市場を近隣の豊洲に移転するということが、色んな問題を引き起こして現知事である小池氏が移転延期、又は移転保留の状態になっいぇいます。 そして、このことに関して現在、東京都議会では汚染土壌問題や東京都の汚染対策費用の問題で、関係者達の「証人喚問」が行われています。

この移転問題に関しては築地の市場で働く人たちや関係者は、反対する人たちもおれば、移転賛成の人たちもいて必死なのでありますが、小池都知事はこのことに関しては近日中には、この築地移転問題の結論を出すと言いますし、又、出さなければなりません。

 

 
此れは先に元石原知事さんが仰言っていたように、豊洲の新市場は既に出来上がっているし、市場関係者も移転の準備が出来ていて相応に資金なども投入しているし、東京都としても延長分の保証金なども支払わなければならず、小池知事は早急に移転を決行すべきだ、と論調を出しています。

過去には土壌汚染問題がクローヌアップされ、その対策として困難な工事と莫大な費用をかけて此の問題に関しては一応か解決されているようです。 しかし、今では土壌ではなく水質汚染が問題になって基準より上回った汚染物質が検出されたとされていますが、何やら土壌汚染が水質汚染に変わってしまった様な感じがしないでもありません。

 
それに対して小池知事は、東京都民のために「食というのは安全で且つ安心でなければならない」、としているのです。 勿論、食の「安全」というのは一番の基本であります。これを保証するのは安全基準でありこのことは法的にも、環境基準もキープしているし問題はありませんが、では「安心」というのは何処に基準をおいて想定すべきなんでしょうか。
よく「風評」という言葉があって風評被害というのもあります。 安心と風評とはお互いに相通じる言葉ではありますが、この言葉の意味に関しては漠然として捉えようがないような気もするのです。 安心の基準というのは物差しでは測れない部分があるような気がするのです。

 

 

 
そもそも「安心」とは、仏教用語として捉えらている言葉で「心を平安に保つこと」又は、「その身を天命に任せいつも落ち着いていること」とされています。 特に禅宗では恐怖や不安から解放されて悟りの境地に到達し、心の安らぎを得て主体性を確立すること、という意味で用いるといわれています。
この問題の結論としては、石原さんが言われるまでもなく、おそらく移転計画を見直す可能性はかなり低いとおもわれます。 とに角、豊洲問題はもう全てが動いてしまっていますので、豊洲新市場において今からでも改善できる部分は改善し、東京都と築地市場の人たちとがよく話し合って、早急に移転すべきと考えています。

オレンジの光が教えてくれていた?!

2人の高校生の娘と夫と暮らす57歳の主婦です。
私は特別に霊感などあると思った事は無いのですが、大人になってからも忘れられない子ども時代の不思議な経験があります。
ふとした時に何度も思い出すので、一度文章にして書いてみたいと思います。

 
それはまだ、私が小学生低学年の頃です。
お盆に隣町の母親の実家に泊まりで遊びに行っていました。
私にとっては母方の祖父母の家にあたるので、年に何度か母の帰省について遊びに行っていたのですが、その年は古かった建物を建て直したばかりで、出来立て新築の状態でした。
新しい家の中を案内して貰って、お仏壇にもお参りをして、夜座敷と呼ばれている部屋で母と兄と3人で眠りにつきました。
その部屋は、隣にある居間と襖で区切られていたのですが、その襖は50センチくらい開いた状態でした。
私は昼寝をしたのかその日すぐには眠れずに、布団の中でゴロゴロしていました。母も兄も寝息をたてています。
その時、隣の居間のたたみの上30センチ位の高さを、右から左にオレンジ色の強い光の線がスーッとのびたのです。光の太さは5センチ位でしょうか。左にのびるに連れ少し光が太くなった様な気がします。
スーッとのびて、また右側へスーッと戻っていったと言う感じです。多分そんなに長い時間ではありませんでした。

 

 

それは50センチ程開いていた襖の隙間から見えた景色でした。
私は不思議に思いながらもその日は眠りにつき、翌日母にその話をしました。

母は疑っている訳では無かったと思いますが、【へぇ、なんだろうねえ】という感じで、まあ確かになんともできる話でも無く、そのまま記憶は薄れていきつつありました。

 

 

そんなある日、その祖父母の新築の家で火事が起きたのです!
石油ストーブからの出火で、勇敢にも祖父が燃えているストーブを窓から外へ投げ出して大事に至らず済みましたが、祖父は腕に火傷を負いました。
そしてその出火したストーブが有ったのは、私が光を見たその居間だったのです。その居間だけは、焦げとススで真っ黒になっていたのを見た覚えがあります。
でも当時は誰も、光と火事を結びつける事はありませんでした。

 

 

私でさえそんな事思いもしなかったのですが、成長するに連れ、そういうスピリチュアルなお話などを耳にする機会も増えて、もしかしてあれは火事の予兆だったのかなと思う様になりました。

心のキレイな子ども時代にのみ感じる事の出来る事って、本当にあるのかもなと、今は思っています。